~赤い花を持って墓参り~
相変わらずの灰色の空だった。その灰色の空の下の、灰色の石碑たち。
風になぶられ、石櫧の常緑の葉が揺れる――――――・・・
墓地だ。
その、何やら白黒画じみた風景の中に、ふと、鮮やかな色彩が咲いた。
――――――――――・・・
赤だった。
花だった。
赤い花だった。
長い直ぐな黒髪に、黒衣の少女のささげもつ花束。
いっそ毒々しくも幻想的で華やかなそれは、モノクロームの中に完全に溶け込んでしまうはずの少女を、違えようもなくその風景の主題にしてしまっていた。
雪原に落ちた血の一滴よりもなお目映く。陰鬱な風影の全てが、己を引き立てるためだけに存在するのだと言わんばかりに。
濃い赤い花弁を広げ、少女の腕の中で咲いていた。
「あ・・・。」
ふと、赤い花が、否、黒衣の少女が立ち止まる。
彼女の目指す石碑の前に立つ、影を認めて。
風どころか雲のざわめきにさえ掻き消されそうな声に、影は振り向いた。
―――――影も、やはり少女のようだった。旅人が着るような灰色のローブ。すっぽりかぶったフードから、少女の自慢の直ぐな黒髪よりさらに長い―――それはいっそ常識を疑うほどの―――やはり直ぐな黒い髪が、零れていた。もちろん、そのせいで顔も見えない。
影絵の世界から抜け出してきた亡霊のような姿。
「・・・・・・・ あの。
あの人の、知り合い、ですか?」
「―――――・・・ いや。」
フードから覗く顔の下半分。整った朱唇が、小さく動いた。
澄んだ、だが空気を震わせることもないような声。そう思ったのは、その人影が確かに肉声を発したにも関わらず、その浮世離れした雰囲気も微塵も崩れなかったからだ。
白黒夢と死者の眠る地には、相応しいに違いなかったが。
「ならば、何故そこに?」
少女は腕の中の赤い花を抱きしめると、その問いを振り絞った。
もしかしたら、目の前の存在は人間以外の者であるのかもしれない。
そんなことを、思いながら。
「この墓の――――・・・」
言いかけて、一瞬押し黙った影は、それでも唇を引き結ぶと、再び開いて言の葉を続けた。
「この墓に刻まれた名が、私の知っている人間と同じだったのでな。」
淡々と告げる。と、影はふいにきびすを返した。
音もたてず去りゆく背に、どうしてか動かない足を持て余したまま、少女は叫んだ。何を言いたいのか、自分でもわからぬまま。
「あのっ、あなたの、その人は―――――!!」
「生きている。」
「!」
遮られ返された言葉に、少女の瞳に涙が溜まった。
振り返ることなく、そして影は
「死ぬことはない。どんなことがあっても。
全て、私の中に在る。」
含まれているのは微笑でも慰めでもなく―――――・・・
あるいはそれは、独占欲であったのかも知れない。
少女が、その答えを見つける前に、言の葉は風に溶け、影は消えた。
「・・・・・・。」
石櫧の葉がざわりと鳴って、そして漸く少女は自分が動けることに気がついた。
否、足を動かす意思を思い出した。
たった数秒前交わした言葉が、姿が、全て白黒夢の中の幻影であったかのような感覚を抱きつつ、少女は影の立っていた墓石の前に佇んだ。
鮮やかな赤い花を餞に。
ふと思って、少女はそのうちの一輪を己の黒髪に挿した。
墓地に映える赤。
黒い髪に映える赤。
己の中に在る青年の面影を、弔うかのように。
~fin~
●墓に刻まれている名前は秘密です。というか、バレバレ?な気が凄まじくしますが。
伏線はってあるのかその場のノリで書いてなんも考えていないかがこの話最大の秘密です。(おい)
目標は表現力修行・・・とか言っていた気がする。
羊